開校当時のお話 掲示板

当時の様子第76話〜プールについて
2期 ハゲ田舎おやぢ
(2011/11/01 10:12:06)
プールはまだ作られていなかったので、近くのゴミ焼却場の余熱を利用した温水プール(でしたよね)に歩いていきました。新設の校舎から原っぱの中の道を十分くらいも歩いたのでしょうか、校門を背にして右側に歩いていきました。
最も当時は、今プールが造られてある付近の校庭と外とを区切る金網の一部が開くようになっていて、そこから外に出たような記憶があります。今は、すぐに住宅地になっていますが、当時は一面の原っぱで、その中の砂埃の舞う道をプールの用意をしてクラスの友人達とゆっくり歩いていきました。
プール自体の記憶はほとんどありません。
50メートルはなかったような記憶です。恐らく25メートルだったと思います。行き帰りの歩きの光景しか思い出せません。
特に帰りは暑い陽射しの中を疲れて歩き、教室に辿り着いて着替えるともう元気はなくなります。
午後の一時間目が体育のプールだったりすると、それ以降の時間はまぶたが重くなったものです。未だに忘れられないのは、二時間目の化学の授業です。級友(長谷川君)が黒板の前に出て、1モルがどうとか、問題の解答を板書きしているのを見ながらまぶたが重くなり、加瀬均大先生の授業なのにもかかわらず、晴天の暖かい午後の陽を浴びて睡魔と戦っていた授業のことです。なぜかこの光景だけはずっと忘れずに覚えています。
今や、1モルの単位など、なんの単位だったのかもわかりませんが、難しかったことだけは感覚として残っています。化学は、化学式が出て来た時点でもうダメでしたね。

港南台高校 同窓会