開校当時のお話 掲示板

Re: 当時の様子第71話〜港南台高校として残したいもの
2期 なんしょんです。
(2011/03/02 12:45:46)
先週末に以前から燻っていた風邪がモロに悪化し、ただただ横になっていました。
50を超えるとさすがに無理が効かなくなってきますね。痛感しています。
> 昭和49年、この年は忘れません。
> 高校受験をした年だからです。
> 同時に港南台高校に入った年でもあります。
そうですね。いよいよ大人でも子供でもない年代に突入した年でしたね。
> ナヤンでおりました。
> 今から思えば、恵まれていたのですが。
私も今思えば、意味もなくイラついていたように思います。とにかく「意味もなく」っていう感じでした。
> 杉田界隈もそうですが、京浜急行からの景色も横浜に住んでいたときのことを思わせる、昭和の匂いがしてきます。
京急は横浜市内に入ると、当時の思い出を彷彿とさせる風景が随所に残っていますよ。特に上大岡から下りはそうです。
変わったといえば、能見台駅は以前は谷津坂駅でしたし、YRP野比駅はただの野比駅でした。
京浜東北線も磯子止まりが洋光台まで伸びて、その後大船まで延伸したのでした。
> ただ、桜木町や横浜駅は変わりました。
みなとみらい地区があんなことになるとは、当時はまったく予期しませんでした。
当時は伊勢佐木町あたりが文化の中心で、ものすごく活気づいていたように思いますが、今はすっかり廃れてしまいましたね。
横浜駅西口も再開発を控えています。
> 高校の頃によく通っていたジョイナス栄松堂がなくなっていたことには、非常なショックを受けました。
> 高校時代イコールあの書店なのです。
誰しも当時の思い出を象徴する場所って奴があるんでしょうね。
自分の場合はどこになるんだろうな? 年代的に、初めて○○した場所(不純な意味ではありません)って奴がけっこうあるように思います。
> 港南台高校、なくなってしまいましたが、なにかを残したいものです。
> でも、なんだろうなぁ、残したいものって。
有形無形取り混ぜていろいろありそうですね。ひとつ考えてみますか。

港南台高校 同窓会