開校当時のお話 掲示板

当時の様子第71話〜港南台高校として残したいもの

2期 ハゲ田舎おやぢ
(2011/02/27 17:01:23)

昭和49年、この年は忘れません。
1974年であることもすぐにわかります。

高校受験をした年だからです。
同時に港南台高校に入った年でもあります。

大人になる、というより、私の意識が起き上がり始めた頃で、青春と言われると、私にとっては高校二年生の頃を指すような気がします。

ナヤンでおりました。
今から思えば、恵まれていたのですが。

先日、独りで杉田から新杉田への商店街を通って途中にあるラーメン屋さんで昼のB定食、ラーメンとどんぶりの組み合わせで、ボリュームたっぷりで好きなのですが、この定食を食べ、腹一杯でバンドを緩めつつ、新杉田駅への横断歩道を渡り、駅前のビルでコーヒーを飲んで戻ってきました。

杉田界隈もそうですが、京浜急行からの景色も横浜に住んでいたときのことを思わせる、昭和の匂いがしてきます。

丘を切り開いてできた住宅地の坂のある風景、寂しくなる踏切りの音、見慣れた市営バスや神奈川中央交通のバス、通りの車の流れ、何も変わっていないと思いました。

勿論変わっているのですが、横浜の匂いというものは変わっていなくて、それがすなわち昭和の匂い、高校時代の記憶に繋がるものです。

ただ、桜木町や横浜駅は変わりました。

高校の頃によく通っていたジョイナス栄松堂がなくなっていたことには、非常なショックを受けました。

高校時代イコールあの書店なのです。

港南台高校、なくなってしまいましたが、なにかを残したいものです。
これから先、最後の港南台高校卒業生がいなくなるときがくるでしょう。
そうならないうちに、何かを残したい気がします。

でも、なんだろうなぁ、残したいものって。

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