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Re: 校歌の作曲者 林光氏

2期 ハゲ田舎おやぢ
(2012/01/07 13:24:29)

> 今朝の朝刊の訃報欄に林光氏が掲載されていました。

おお〜、そうですか。
バレーボールの松平監督も亡くなられたそうで、マニアックなところでは、梶原一騎の弟さんである、真樹日佐夫さんもお亡くなりになりました。

我々世代での有名人が次々に亡くなられていきます。
我々がそれだけ歳を喰ったということでしょう。

林光さんも、松平さんも当時は有名人でした。
松平さんが主役と言っても良い、ミュンヘンへの道、というマンガがテレビであり、毎週ワクワクして見ていました。

当時はバレーボール男子、強かったです。
宣言通りミュンヘンオリンピックで金ですよ、金。
女子も強かったです。

あの、「日本チャチャチャ」という、チャラチャラした応援が始まってから、弱くなったように思います。
と、言うのは、我々おやじ世代の共通した認識です。

上の三氏、今の殆どの若い同窓生にはわからないと思います。
今で言ったら、松平さんは、ナデシコジャパンの監督以上に有名でした。
林さんは、有名な文化人ですね。

真樹さんは、知らないでしょう。
空手バカ一代や、その後の四角いジャングルという格闘技マンガで活躍していました。
極真空手から独立し、真樹道場というのを開設して後進の指導に当たられていた方です。
劇画の原作もしていました。

大学に通っているとき、昼休みに、狭いラーメン屋で味噌ラーメンの大盛りと餃子を頼み、これを食べながら、少し油で汚れたマガジンに掲載されている四角いジャングルを読むのが、一番の幸福でした。

> 本校の校歌の作曲者ではないかと思います。
> 当時、校歌の発表式典(1976年頃)でお会いし、とてもユニークなキャラをお持ちの方だったと記憶しています。

以前もここの掲示板に書かせて頂きましたが、林光先生は、その名のとおり、光る頭で来校され、エネルギーのある講演と名演をされました。

身ぶり手ぶりで、「私は、ここのフレーズがすきなんだ」と言って、全員に揃って声を出すように体育館の壇上で指揮されました。

『われわれは昨日の闇からやってきた』

と、何度も声を出したことを覚えています。

林先生は、当時のNHK 大河ドラマ「国盗り物語」の作曲者でもあり、ご活躍でしたので、音楽が大嫌いな私でもお名前を知っていたくらいです。

> 式典でのご本人のスピーチをもう少しマジメに聴いておけば、その内容を後輩たちに伝えることが出来たのに・・・と悔やまれます。

我々は昨日の闇からやってきた、と何回も一緒に叫んだ筈です。

また、作詞家の三木先生も来校され、スピーチして帰っていきましたが、平田先生がピッタリとくっついていたことを覚えています。

林光先生は、エネルギーのある、良い青年でしたね、印象は。
あのようになりたいです。


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