開校当時のお話 掲示板

Re: 当時の様子第69話
2期 ハゲ田舎おやぢ
(2010/11/24 15:01:19)
>無謀にも当時の教科書はどうだったのかってことに突っ込んで見たいと思います。
>と、言いながら私自身には、記憶に残っている教科書って、とりあえず思い浮かばないんですぅ・・・
この企画、無理でしょ。そら、思いつかんわ。どんなのだっけ。
当時は教科書で勉強する習慣なかったから、参考書ならまだしも。
あ、山川の日本史と世界史の教科書は、今、ほんの少し思い浮かんできました。
日本史は赤茶色というか、そんな色の、教科書としては厚いやつで、世界史は灰色だったかなぁ〜、そんな色の、やはり同じくらいの厚さだと思います。入試には山川の教科書がいい、ということで、有隣堂なんかにも並んで売られていましたよね。だから覚えているのでしょう。
>何しろ私は高校卒業後34年を経ているので、手元に当時の教科書が残っているわけでもなく、情報量が乏しいのですが、それこそ世代を超えてOBOGの皆さんの記憶から、いろいろ思い出を語っていただけれぱと思います。
う〜む、やっぱり開校当時まで遡ると、覚えている人は少ないのじゃないかなぁ〜。
あ、また少し思い出してきた。数学は旺文社の分厚いやつで、日本史くらいの厚さがありました。
確か、教科書の問題の解答も載っていたような気がします。数Tの教科書が一番分厚かったのも思い出してきました。色は、黄緑色みたいなやつでしたかね。
結構思い出してきますね。この勢いで、生物は、化学と物理は、音楽は、美術は、体育は、と考えてみましたが、やっぱり出てきませんわ。この話題、これでおしまいじゃない。さすがの交換日記の先生でも、交換日記のノートの体裁は覚えていても、教科書は無理でしょ。
英語のリーダーの教科書に「Conquest of K3」という題名で、ヒマラヤの高所登山の話が載っていたのを今、ふと思い出しました。これ、全く山のことをしらないヤツが書いた内容で、メチャクチャな筋に腹がたったのを覚えているからです。
K3というのは実際にある山なのに、著者はK2という世界第二位の山があることから思いついたのだろうと思いますが、架空の山として登場させていたように記憶しています。(ちなみにこのKはカラコルムのKをとって西洋人が勝手に番号付けした山のカタログナンバーのようなものです。)
内容もウロ覚えですが、滑り落ちたザイル仲間を助けるために、落ちた仲間と尾根を境にして反対側の谷側に飛び込み、尾根を頂点にしたザイルの天秤みたいにして助けるストーリーだったと思うのですが、こんなバカなことは、ヒマラヤの鋭い尾根でできるわけがありません。飛び込んだ先に何があるかわからないし、ザイルは鋭角な岩角で簡単に切れてしまうこともあるし、という具合で、日本の山でもこんなことは出来まへん。
と、批判していた記憶がありますが、勿論英語の実力は低く、内容は全く異なっているかもしれません。しかし、K3の征服、という表題は確かだと思います。
ま、批判するヒマがあるなら、もっと英語を勉強しろってなもんですよね。
あれ、教科書の話題、結構続くじゃないですか。

港南台高校 同窓会