開校当時のお話 掲示板

あの頃の横浜駅を求めて
2期 田舎おやぢ
(2010/07/13 16:24:51)
ほぼ三十数年振りに西口から東口まで徘徊して参りました。
有隣堂のトーヨー店は我々が高校生の頃と同じで参考書を扱っていましたが、少し上がった、昔は催しものをやっていた小さな部屋にのみ押し込められていました。昔はここで4月になると教科書の問題の答が載っている「教科書ガイド」という本のセールをやっていたものです。なんかウシロメタイ気持ちで買ったのを覚えています。
ダイヤモンド地下街の飲食店は様変わりして、昔知っている店は無くなっていました。ただ、浪人の頃昼飯を食べていたサントリーのスタンドバーみたいな小さな店がまだあるのを見つけ、涙モノでランチを食べました。
ジョイナス栄松堂は位置も大きさも変わっていないようでしたが、本の場所が全く変わっていて、昔の雰囲気は味わえませんでした。
そういへば、あの頃私も詩集てのを買った記憶を思い出しました。リルケ詩集です。こういうのを読まねば、と思って買ったのですが、全く理解できませんでした。ダイタイあの岩波文庫って、当時はパラフィン紙みたいなヘロヘロの薄いカバーがついて、読むなって雰囲気の文庫でしたよね。
横浜駅も様変わりしていて、北口なんていう存在は思いのほかでした。高校の思い出を探しに行ったのに、サッパリでした。あの頃より人が増えた感じがするのは、こちらが歳を取ったからでしょうか。
高校の通学に使っていたバス路線の停留所は無くなっていました。場所が変わったのでしょうが、探す気はありませんでした。足を延ばして高校まで行こうかと思いましたが、横浜駅で潰れそうになった思い出が更に壊れそうな気がしてやめました。どうも勇気が湧いてこなかったです。
あの新設なった校舎の中で開始された新設高校としての日々は、私個人にとっては鬱屈した日々の始まりでもありましたが、上昇気流に乗っていたことは確かで、少しばかり羨ましさを感じながら、昔はなかったアクティーとかいう快速電車で東京に向かいました。

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