開校当時のお話 掲示板

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2期 田舎おやぢ
(2010/07/09 11:56:40)
>要は自分は理系の科目は興味が持てないので、正面から向き合いません宣言のようなもので、とても言われているようなきちんとしたものではありませんでした。
最近つくづくとおもうのですが、この『正面から向き合いません』というのは、勉強はもちろんビジネスでも必須の奥儀に近いものだと思います。正面から向き合わないから気圧されず、困難な局面にも立ち向かえ、難しそうな数式や、会議、プレゼンに対処できる、ということが漸く最近わかりかけてきたところです。日本武道の中核を為す剣術、柔術でも、構えは半身で、正面に身体の弱点をさらすことなく、体捌きしやすい体勢にしています。
高校の頃、できもしないのに、数Vまで取った私はバカでした。結局私立文系に落ち着いた遠回りの人生をゆっくり歩いてしまったのです。
こういうことを一瞬で判断できる人と、何十年もかかってやっとわかる、という差が人生を彩ってしまうのでしょう。
> >唯一覚えているのが、二年時の夏休みに国語で萩原朔太郎の本を読んで、その感想文を書くというようなものだったでしょうか。
え、これ覚えてないなあ〜。私にとっては萩原朔太郎とかいうと、宇宙人みたいなもので、感想文どころか、本を読むこともできなかった筈です。
>当時、流行り病のように、中原中也、佐藤春夫、石川啄木などの詩集を読んでいましたが、宿題となると何か嫌になっちゃって・・・・・とほほ
詩集、そりゃ私にとって、お経みたいなものでした。まだ苦手な英語の方がわかりやすいくらいだったです。
> 当時のありのままを語っているだけですのでご勘弁を・・・・・
「ありのまま」ときたぜ。あの頃、冬山に行く時には新宿のアルプス広場で夜行待ちの行列をしていました。スキー客もいて、男女混合で明るく、歌なんかうたっちゃって、楽しそうでした。こちとらはひげ面の汚い男ばかりに、重いキスリング、見送りの先輩が怖い顔で、いいか、絶対怯んで退却するんじゃねえぞ、と気合を入れている軍隊のような集団でした。スキーの連中にはカワイイ女の子が見送りに来て、差し入れです、なんて手造りのクッキーを配りやがって・・・イカン、イカン、暗い青春でヒネくれては。
> そうなんだぁ〜。ここで、ナンパしました的な話が出てこないのが、マジメな我が同期ですね。私だったら・・・・
そう、マジメ一方、勉学に勤しみ、友人は男子のみ、余暇は独り読書を楽しみ・・・クソ〜!!
>私もケガとかいろいろあって、テニスは現在休憩中ですし、やはり運動する時間をうまく作らないといけませんね。
テニス、あれ、つかれるんですよね。大学の頃、シーズンスポーツとかいって、夏はテニス、冬はスキーの別名合コンクラブがいくつもあって、テニスはバカにしていたのですが、結局ダッシュの強化練習しているみたいで、キツイスポーツだということがわかりました。しかも、私は打てば柵越えホームラン、守ればエラーのブキッチョで、とても出来たものではありません。
>夜中の16kmの道のりはすっかり酔いも覚め、警邏中のおまわりさんとも仲良くなれます。
俺にはできねぇ〜、というか、出来る人他にいないでしょ。私も歩くのは嫌いではありませんが、これほどの道のりは無理です、行軍練習とか、シゴキじゃないですか。鍛えてますなあ〜

港南台高校 同窓会