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Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: 当時の様子第61話

2期 田舎おやぢ
(2010/06/21 13:10:07)

>東横線の車両は現在、東南アジアでも活躍していますよ。

おお〜、いいねえ、やっぱりこういうエコというより、古着を使い回す意識、大切ですね。乗りに行ってみたい感じもします。

>蛇足ですが、私の勤務先では我が国初のセミステンレス車両とオールステンレス車両の一号車を産業遺産として保存しています。

ステンレスって、錆びないし、軽いからいいんですよね。でも、ちょっと高いのかな。高校の頃は今と違い新製品、新技術というのが上昇気流の中で感じられました。今はその分野だけの影響みたいな感じで、ハヤブサが帰還したといっても経済や政治の停滞の中でのできごとで、そういうこともあるのか、てな感じで、時代が登っているという普遍性を実感できないのが、高校の頃と違うところです。背景があの頃は明るかったような気がするのですが、これも年寄りの感慨でしかないかなぁ〜

>あの雑踏の中に、通称『青ガエル』ってヤツが、一両ポツンと所在なさげに佇んでいます。
学生時代に、桜木町の駅に停車していたあの緑色の車体の光景がとても懐かしく思い出されます。

ポツンとですか。そこにハゲた田舎の親爺が佇んでいるとこれまた、面白くもない光景になりそうで。
そういえば東横線の桜木町の駅もなくなったらしいですね。あの横浜までの短い間の海が見える乗車区間は好きでした。桜木町に高校の友人のK君が住んでおり、彼の家に寄ってから国鉄(この言葉も死語になりつつありますな)でなく、東横線で横浜に出ることがありましたっけ、そのときの車窓が思い出されます。

> 当時は、一編成の中に冷房車が何両か組み込まれていたりして、当たり外れがあったりしました。冷房車だけやたらと混んでいたりしましたね。

これ覚えないんですよ。そうか、全車両でなく、一部だけだったのか。たぶん、真ん中辺りだったのかな。今でもそうですが中学、高校の頃は、はじっこに乗るのが好きで、バスなんかも一番後部座席の端に座るのが好きでした。家の近くの停留所から、お正月の駅伝で有名になった平戸、権太坂、保土谷を通って横浜駅西口に出るバスは今でもよく覚えています。試験期間中には港南台から横浜に出て本屋を巡り、西口からバスに乗ってこの逆のコースを辿って、わざわざ時間をかけて帰りました。星新一とか読んで乗っていたように思います。
試験期間中の早く帰れる午後って、なんかウキウキ感ありましよね、翌日の試験は別にして。

>いろいろなことが端境期だったんですかね・・・・こういうことの一つひとつがとても懐かしく思い出されます。

ですねえ〜、今から考えると時間を多く無駄にしてきたのかもしれません。過ぎゆく段階というのは、その場では本人にはわからず、あとから気づくもので、それも勿体ないという日々を送ってきたことになるのでしょう。

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