開校当時のお話 掲示板

Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: 当時の様子第61話

2期 なんしょんです
(2010/06/13 15:12:31)

サッカーのW杯が開幕し、スポーツ好きには当分の間睡眠不足の日々が続きそうです。

> Fというのは、なんか小学生や中学生ではなく、高校なんだという、ちょっと上目づかいで使っていた硬さというか、自分なりの無知な、でも純粋な自惚れ的選択でした。高校生としてのアイデンティティ、なんちゃって、という感じでしたね。

私もまったく同じ感覚でした。ミョ〜に「F」っていう濃さ硬さにこだわりを持っていました。ちょっと上から目線ってやつでしたかね。
同じように思っていた方がいたなんて、まったく奇遇としか言いようがありません。

そうそう、文房具といえば、中学時代に愛用していた筆箱の太さがちょうどギターのネックと同じ位だったので、筆箱の裏にギターの一弦から六弦までを張り付けて、コードの押さえ方を覚えたことを思い出します。
ああいう情熱が何故か勉強には向かいませんでしたが、おかげさまでギターの腕は短期間でそこそこのところまで上がりました。

> 高校卒業後ずっと離れていたところ、三十数年ぶりにこのサイトに巡り会い、忘れていた自分の原点ともいうべき元に還ってきたということです。

私も母校の完校という一大事を知り、同時に同窓会ホームページの存在を知ったことで、長い間どこかに仕舞いっ放しにしていた思い出を一つひとつ引っぱり出して投稿してきたようなわけでして・・・・・

私たちの年代は、若い時代に対する郷愁が何となく強くなる年代なんでしょうかね。
30代、40代をあっという間に駆け抜けてしまって、もうひと踏ん張りなんですが、ようやく少し落ち着いて物事が考えられるようになってきたというか・・・・

> お酒は、昔のイメージというか、頭脳の波長が旨く昔の記憶を取り戻す場合もあり、高校の日々を間近く思い出したりするものです。ある日の会話とか、一シーンとか、脈絡なく思い出します。

そうです。酔いが回ってくると何故か思い出話に花が咲きますもんね。アルコールの作用ってこともあるんでしょうが、やはり話題を共有できる相手がいればこそってことですよね。

> 新杉田(磯子?)で途中下車してボーリング(隣のレーンでは西城プロが練習中のことも)や伊勢佐木町の2本立て映画館への立ち寄り。自由な高校時代だからこそ味わえた。

当時は新杉田にも磯子にも駅近にボウリング場がありました。小学校から中学校にかけての空前のボウリングプームすごかったですもんね。
西城プロってあの故須田開世子プロと結婚したんでしたっけ。私たちの世代でないと判らない話題ですかね。

> それが、今は京都の仏像巡りが趣味のおやじに・・・・とほほほ・・・明日は雨の「永観堂」にでも行って「みかえり阿弥陀」をじっくり見てきます。単身赴任の特権?

何かすごく高尚な趣味じゃないっすか。関西っていう土地柄、京都、奈良・・・見るところたくさんありそうですもんね。
単身赴任の特権としてはカッコいいっすね。当時のお茶さんの人柄からも頷ける感じがします。


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