開校当時のお話 掲示板

Re: 当時の様子第61話

2期 田舎おやぢ
(2010/06/06 0:12:25)

いやあ、ちょっと珍しく多忙で、漸く時間できましたのです。貧乏暇なしってヤツですか。

> 頭の片隅に何かが引っかかってモヤモヤしていたのですが、よくよく思い出してみると、「つつい」というのは、県内の学校の制服をかなりのシェアで扱っている会社なんですね。

う〜ん、確か、中学の制服もここのではなかったでしょうか。制服を取りに行ったときに、記念品としてスポイト式の万年筆を貰ったことを上の文章から思い出しました。ペン先からインクを吸い込む方式のやつです。不思議だなぁ〜、四十年ぶりくらいに突然思い出す、この感じ。なんかやたら懐かしい感覚に襲われています。

> 当時、高校進学が決まった後に、母校のあのブレザーをしつらえてくれたのも確か「つつい」だったと思います。

これは記憶にないなぁ〜。だいたい現物が残ってないのだから。ネクタイ、灰色でしたよね。今でも使えるおとなしいデザインでした。やっぱ、懐かしい〜

> そういえば、制服のズボンには夏服もありましたっけね。

なるほど、そうですね。しかし、これも覚えていません。結構整っていたのですね、制服も。夏服かぁ〜、いいなあ。だけど、今みたいにクールビズじゃないから、夏もネクタイにブレザーだったのでしょうか。あつそうで、夏は厳しかったでしょう。あの頃は冷房がないバスとかでしたから。

> 制服も毎日着ていると、三年時になるとけっこうくたびれて膝が出ちゃってね。

そこまでには私はならなかったような。でも、今、子供の制服をみていると、一年なのに、もうお尻がツルツルになったりして、やっぱり高校生は活動的だから、制服も受難続きだったのでしょう。

> 中学を卒業し高校生になった時、肩掛けカバンが手提げカバンに、また通学が運動靴から革靴になった、そして何よりも制服が詰襟からブレザーに替わったことが大きな変化でした。

革靴、これもイヤだったなぁ〜、最初は。高校って、中学に上がる時よりも、いろいろな面で階段登りますよね。

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