開校当時のお話 掲示板

Re: Re: Re: Re: Re: 当時の様子第60話
2期 田舎おやぢ
(2010/05/21 10:56:56)
> あの辺りは洋光台のはずれでもあり、だけどもすぐそこが鎌倉街道ってなわけで、ちょいと中途半端な地域なんですかね。商業的には繁栄しにくい感じですね。
日野高校についてネットで調べてみたら、あそこも合併するんですね、確か野庭高校とだったかな。同窓会のHPありましたが、我々のようには活発ではないように見受けられました。(ヒイキ目ですかね)
> 確かに本校舎ができた時は嬉しくて、意味もなく未来が開けていくような予感がありましたね。いよいよ間借り生活から抜け出せるのかと。
やっぱり間借りはねぇ〜、なんか窮屈でした。本校舎に移転したときは、ポツンと長方形の校舎だけでしたが、いい環境になったと息の吸い込みも良くなりました。
>しかし、私達が高校生活を始めたルーツは、間違いなくあのプレハブ校舎にあるんですよねぇ〜。
以前書かれていましたが、プレハブ校舎とセットで思い出すのは、なぜか上履きですね、あのサンダル仕様の。本校舎移転後も勿論利用していたのですが、あの学校の上履きとしては斬新とも言える通気性のよい、逆に言えば壊れやすいサンダルは、どういう観点から導入を決めたのでしょう。ブレザーには、従来型の上履きは古臭いと思ったのでしょうか。出会いが強烈でしたので、プレハブ校舎と一緒にインプットされて覚えているのですが、当時はあまりいい感じはしませんでした。今見たら、やたら懐かしいと思います。
> 田舎おやぢさんが言われるように、「あの頃の方が幸せだったような気がする」という感覚を体感しましたよ。
高校時代はまだ世の中が昇り調子でした。バブル前の正常な登り坂を上って行く途中で、筑波大学ができて大学の再編が始まったり、入試改革が行われたり、身近なところでも新しい時代への変化が表れて、前へ進んでいるんだ、という感覚が世の中にありました。高層ビルが競うように建てられてきたことなども、高校生という時期に社会の進歩という形で影響していたのかもしれません。
勉強ができなかったのに大きなことを言うようですが、高校の勉強が将来につながっているんだ、という実感は持てました。よく微分、積分が生活のなんに役立つんだ、というギロンが数学無用論を展開しますが、例えば時間を区切って、区切って、その瞬間の加速度を考えるとか、無限に続く奇数と偶数はどちらが大きいとか、そういうことをわからないにしても考えたり、そういうことを問題とする考え方もあるんだ、ということを知るだけで世の中を広く感じることができたように思います。なぁ〜んちゃって、数学なんか30点以下が常連でしたが。
>そして、粋な言葉のやりとりってヤツがポイントですかね。あれから何年も経ってようやくそういうことができる年代になってきたんですよ。ふだんは疲れたオヤジだけど、みんなしっかり身の丈でやっている。そんな感じがします。
う〜む、俺はただのハゲた田舎おやぢでしかないような。「そういうことができる年代になった」こういう上昇志向が必要ですね。今回はだいぶ勉強になりました。よぉ〜し、はげでも、一層ハゲんでやるぞぉ〜。それではハゲ増しのお便りをお待ちしております。

港南台高校 同窓会