開校当時のお話 掲示板

Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: 当時の様子第56話

2期 田舎おやぢ
(2010/03/02 17:06:51)

>業者が売りにきていましたよ。昼休みはメッチャ混んでいました。

あの頃だと焼きそば、カレー、それにコロッケとかの惣菜パンに、クリームやあんパン、メロンパンくらいですか。ピザとかシチューとか入っている今とは違い、限定されていたのでしょう。

> おーっ、「港南飯店」懐かしいぃ。確かにありましたね。ヒラヒラ暖簾が掛けてありましたね。今はどうなってしまったんでしょうか? 

何度か友人と入った覚えがありますが、まだ出来たばかりでおやじの腕もさほどではなく、おいしいという記憶はありません。その後話題にならないところをみると、後輩諸君はあまり使ってなかったのかな。

> 一年の夏休み前に移転したんですよ。移転の日は小雨混じりの日でした。廊下や階段に並んで、手渡しでいろいろな物品を搬入した記憶があります。

え、天候まで覚えているのですか、私は新校舎移転については何の記憶もありません。けれど、新しい校舎が出来て、そこに間借り先のプレハブから移転なんて、面白い経験したんですね、我々は。

> 私は入学直後、井上隆道先生の英語オンリーの授業に震えあがり、それは同時に意味もなく反発に変わっていったりしました。

名前も独特の先生でした。でも、今考えればそうあるべき授業だったと思います、あくまでも、今考えれば、ですけど。

> 私は中学時代から日本のフォークソングが大好きでしたが、好きなミュージシャンの語るルーツというのが、洋楽のブルースだったり、ロックだったりということもあり、自然と洋楽も聴くようになりました。

なにも歌えない、楽譜も読めない私は、恥ずかしながら雰囲気で洋楽に嵌っていただけです。高校生の背のびしたい感覚だけでした。あの背伸びしたい感覚と、あり余る未来が羨ましいです、今となっては。だから懐かしい気分にもなるのでしょう。

> やっとの思いで手に入れたLPのジャケットを眺めながら、最初の針をおとす時の緊張感と悦楽、神経は緊張と弛緩を繰り返すような感覚でした。

う〜ん、これがわかるのは一定年齢以上ですね、残念ながら。針をおとしたときの惹きこまれていくような感覚、曲が始まるまでの雑音すらも、これからの臨場感を高めていたように思います。男子高校生は程度の差こそあれ、オーディオには興味持っていた者が多い時代でした。
でも、そういう話題が出たのは日野高校に間借りしている頃、帰りにみんな揃って上大岡に出て、日進電気だったかなあ、そういうお店に寄ってステレオを見たり、レコード店に入ったりできたからで、港南台に移ってからは、原っぱの中の環境もあったのか、がらりと話題は体育やプロ野球などの運動モノに変わり、自然派になってきたと思います。

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