開校当時のお話 掲示板

Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: 当時の様子第49話
2期 田舎おやぢ
(2009/11/26 15:48:08)
>なんしょんさんから「いいですねぇ」と言うお言葉をいただいたのをいいことに、話題を続けさせていただきました。
そうですね、私もそうです。貴重な思い出ありがとうございます。
あの鉄塔が見える窓を背景にして、生徒会役員選出の教室が浮かんできます。たしか4階くらいの高さにあった教室、広い、なにかの特別な教室だったと思います。
>二期生として柴田くんとともに実行委員やれてよかったと思っています。
一期の先輩の思い出と、このなんしょんさんの一行からウロ覚えではありますが、一つの場景が浮かんできましたので、再度投稿させていただきます。
あれは確か我々が入学した年の6月頃だったのか(自信ありません、晴れた寒くない日でした)と思いますが、間借りしていたプレハブ校舎から、建築中の港南台高校を見学するということで、なんと徒歩で港南台まで歩いていった記憶があります。たぶん一期の方もご一緒だったと思います。途中の住宅地を通っているとき、柴田君が持っていた重そうなバッグ、それは大きなもので、細長くて、肌色をしていたのですが、いったいその中には何が入っているんだと話題になったことを突然フラッシュバックめいて思い出しました。
徒歩で日野高校から港南台まで歩いたこと、先生も何人かは同行されていたこと、現地解散だったことなど記憶していますが、いったいこの記憶は正しいのでしょうか。高校教育の場で、教育とはかけ離れた、且つ、殆ど何の効果も認められない、建築途中の自校を見学するということが如何なる理由で敢行されたのでしょう。
過去のこの欄を見ても、この話題についてはなかったように思います。私の記憶違いなのかもしれません。しかし、柴田君の肌色の長大なバッグと、屋上にたくさんテレビアンテナが並んだ団地を抜けて、港南台を目指していった光景が甦ってしかたありません。
校舎はほぼ出来上がっており、工事はその日は行われておらず、ただ静かに新しいコンクリートを陽に曝して、中に入れない我々は外観だけを見て帰ってきたように思います。
と、いう記憶なのですが、このようなこと、ホントにあったのか、あったとしたら、なぜ行われたのか、今考えても戦時中の錬成訓練ほどの効果はあったのかもしれませんが、よくわからないのです。

港南台高校 同窓会