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当時の様子第80話〜劇画空手バカ一代

2期 ハゲ田舎おやぢ
(2012/05/20 10:46:12)

私達が入学した昭和49年、少年マガジンに連載されていた『空手バカ一代』は空前のブームを巻き起こし、体育の柔道の時間は俄か空手家が増え、同時に流行っていたブルースリーの空手映画の影響もあって、奇声を発して空手の真似をする生徒がどこの高校にもいました。

私は体力的にも、運動能力的にも全く問題にならず、隅っこで見ているだけでしたが、木刀にも日本刀にも、ナイフにも、拳銃にも素手で立ち向かって、これを制する空手というものは、確かに地上最強だと感化されまくっていたのです。

大学に入ってからも、分厚くなった空手バカ一代の全巻を揃え、友人にも貸してともに世界に浸りきっていました。
全部の事が真実であると思い込んでいたのです。

後年、初期の極真にいて、マンガの筋通りに喧嘩で破門になったという人と仕事をするようになってから、多くはフィクションだということも知りましたが、強いということについては真実で、憧れていた面もあります。

30歳を超えてから合気道をするようになり、そこに極真空手をやっている人がいて、空手もやりませんかと誘われましたが、とてもオレに出来るわけがないと断りました。

道場に行くと、「君、喧嘩のやり方知っているだろう」と言われていきなり組手をやらされ、半殺しの目に合うと極真の高弟の著書にあったので、そのような地獄道場には怖くて入れなかったのです。

しかし、50歳直前に空手道場を見学する機会があり、そこではちゃんと基本から教えてくれて、子供も多く、すね当てサポーターをつけて無理なくやっていて、これなら出来ると入門しました。

今年からは、大会にも出るようになり、といっても40歳以上の年齢で、すね当てサポーター、グローブ、ヘッドギア着用のシニア年齢が参加する初級者大会です。

こちらは50歳を超えていますから、10歳程度も若い奴とやるわけですから、そりゃ痛いのですが、高校の頃の夢がかなったみたいで、組手をやっているときなど、日野高校で間借りしていた武道場で体育をやっているような気分になったり、港南台高校の、確か体育館の1階にあった武道場で跳びまわっているような気もして、緊張の中にも楽しい時間を迎えています。

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