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当時の様子第73話〜新杉田から港南台まで約四十年ぶりに乗車

2期 ハゲ田舎おやぢ
(2011/08/09 14:11:57)

その昔、京急の上大岡から杉田まで各駅で行き、そこからアーケードの商店街を抜けて、新杉田まで歩き、港南台まで通っていました。杉田から新杉田まで歩いて通う港南台生は多く、ちょっとした集団登校のような雰囲気でもありました。

今はアーケードはなく、明るい雰囲気の商店街が、当時のままのお店もあるような雰囲気で続いています。新杉田の駅には駅ビルも出来ていて、当時とは全く雰囲気が異なっています。さて新杉田から乗車して洋光台へとまずは進んでいきます。こんなにトンネルがあったっけ、というような線路を進むと洋光台の駅へ着きました。ああ、こういう景色だったなあ、という記憶は全くなく、知らないうちに洋光台へと着いていたのです。

洋光台からいよいよ港南台への道のりです。座席は空いていたのですが、ドアの所に立ち、進行方向に向かって左側の景色を食い入るようにみていました。もしかしたら、此処は昔と同じかもしれないという景色は、少しばかりあったのですが、やはり全く知らない車窓が続いていきました。結構トンネルが多いのにやっぱりビックリです。

港南台駅に近付くと病院が見えてきて、ああ、こんなところにこんな大きな病院ができるようになったのか、という感慨とともに、かわったなぁ〜という寂しさみたいなものにも襲われました。

港南台駅は地下駅だったのですね。確か昔は低い位置に屋根付きのホームが出来ていたように思ったのですが。まあ、時間がないので降りられなかったので、よく見ることができませんでしたから、思い違いかもしれず、昔のままの構造だったかもしれません。

開いたドアからきょろきょろしていましたが、昔の記憶を彷彿とさせるものは、線路の向こうの壁だけで、ああ、確かにこういう壁だったと思い出していました。線路が低いところを走っているので、本郷台へ向かうときに、上に見た横断している道が、学校の帰りに電車がきているかどうかを見下ろした場所だということを思い出しただけです。他に景色は何も見えませんでした。

もし、時間があったら港南台で降りたかというと、あまり自信がありません。あまりの変わりように驚くというより、落胆の方が大きそうだからです。しかも、後輩ではなく、他校の生徒が使っているという状況では、校門から入り込んで不審者として通報されてしまうかもしれません。校門はどうなっているのだろう。まだ他校は使っていないのでしたっけ。

ほぼ四十年ぶりに通り過ぎただけですが、なにか自身が変わったようで、いい経験をしたような気がしました。
帰りに見た本郷台の駅の側には、宇宙ステーションみたいな建物があって、これも知っている景色は残っていないようでした。更に大船駅には、モダンな駅ナカの飲食店などがあり、随分と変わっていました。

昔の面影は、根岸線が大船駅に近付くと、東海道や横須賀線の線路と合わさって、大きな線路が展開される風景だけで、ああ確かこんな感じだったと初めて思ったのでした。

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