開校当時のお話 掲示板

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歳は取りたくないもので、持病の腰痛で、最近寝て暮らしておりました。
漸く憂き世に復帰です。
>私の場合、環境の変化に富んでいた高一、いろいろなことが開けていった高二、手詰まり感が大きかった高三っていう感じでしょうか。
高校二年て、二泊三日の間の日みたいで、ゆっくりできたり、浸ったりできるんですよね。
今思うと、青春て、この高二のときだと思います。
毎日保土ヶ谷にバスで向かっていた朝や、横浜駅西口で本屋によったり、日曜日にラジオ聞いたりしていたことが思い出されます。
なんでもない日常だったのですが、宝物のように思われるのは、単にトシ取ったということなのでしょうか。
高二でやっと我が港南台も三年生から一年生まで揃ったこともあり、校舎内が充実してきていましたよね。
高二になってからだなあ、新杉田で降りて、水餃子の入った餃子ラーメン食べにいくようになったの。最近杉田にも行けてないです。
あの街、なんか落ち着いちゃうんだよなぁ〜。
今、少なくなった髪の毛、あの街にある二千円以下で全部やってくれる商店街の真ん中へんの床屋さんでやってもらってます。
>総体的には、充実していたように思いますが、まあ年代的にも多感だってこともあるし、今思うと何であんなことに・・・・と思うようなことにクヨクヨしていました。
そう、そんなの悩みじゃないじゃん、みたいなの一杯ありました。
これから猛勉強して、タイムマシンでも作ってみますか。
>最近、通勤の行き帰りに二度ほど、同じ二期生で陸上部だった友人に会いました。変わってなかったなぁ〜。
え〜、当時とは変わってたでしょ。
二期会、またやんないかなぁ〜。
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港南台高校 同窓会