開校当時のお話 掲示板

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> 確かに当時は寒かったです。コークスのストーブひとつでよく寒さを凌いでいましたよねぇ〜。
当時のストーブは今と違って、熱風を強制的に排出させる温風ヒーターではなく、熱を自然に伝える熱伝導型のストーブなので、すぐそばに近寄らないと暖かくありませんでした、と、こういう説明が今となっては必要ですね。
それにコークスのストーブといっても、分からない人の方が多いでしょう。あのダルマ型のやつ、もう昭和の遺物になってしまいました。今って温風が天井とか、そういうところから出てくるようになっているのでしょうか、高校も。
大学受験のとき、初めて大学のセントラルヒーティングを経験しました。すごく旧式なやつで、壁にパイプが這いまわっているのが見え、暖房のし始めは、キンキンキン・・・とか、カンカンカン・・・とパイプの辺りから音が聞こえてきました。ウルサイと思いながら試験を受けていたのを思い出します。ま、ウルサクなくても落ちましたが、初年度は全滅だったので。
> 駅から校舎までの道のりはモロに吹きっさらしだったですねぇ〜。それはよく覚えています。
風の通り道はフンダンにありました。あの頃の校舎までの道のりの印象は土色ですね。アスファルトではなく、土の上を歩いて登校しました。あるいは草の上を踏んで区画整理もされていない空地を横切っていったのです。水たまりもたくさんできました。
> 当時、添削ってけっこうみんなやってたようですね。Z会とあといくつかあったように思います。
解答は期日までに出さないと、『増進会遅着』というハンコが着いて添削されてきたのを覚えています。Z会は増進会の略なんですね、たぶん。
そうか、みんな結構やっていたのか、当時やっている仲間を知っていたら、お互いで情報交換できたのに、惜しいことをしました。遅着も少なくなっただろう、というわけにはいかなかったか、オレの実力じゃ。
予備校も出来ないなりに通ってみたものです。良く聞く「駿台」ってどういうとこなんだ、てな感じで数学と英語をお茶の水まで冬期講習を受けにいきました。数学は勿論、英語もサッパリで、参加することにスラ意義は見出せませんでした。
もうおわかりでしょうが、帰りに古書店や書泉グランデを歩き回るのが楽しく、冬期講習はへぇ〜、これが基本英文700選の伊藤先生かぁ〜、みたいな完全なる傍観者的態度で終始しました。
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港南台高校 同窓会