開校当時のお話 掲示板

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>この猛暑続きにはホントにまいっちゃいますよね。当時は8月も日中の気温が30度を超える日なんてあまりなかったと思います。
最近の朝は一歩外にでると、タイの気候のような気がします。日本もついに亜熱帯に取り込まれていくのでしょうか。この蒸し暑さ、なんとかならんものなのか、直射日光がハゲにはツライよ。
>コートやオーバーとか着ていた人もいたのかも知れませんが、その辺りの記憶がハッキリしません。
いなかったような気もしますが、薄いレインコート、灰色とか、薄い色の質素なヤツを着ていたような記憶もあります。でも、基本は薄いセーターか、ベスト、又は学生服そのままで寒さに耐えていました。今から思えば忍耐強かったのですねぇ〜。
暖房だって、コークスのストーブですよ、教室は。対角線の反対側の席はスキマ風で、今なら震えあがるような寒さでした。電車だって隙間風があったくらいですから、駅なんて寒くてかないません。雪も珍しくなく降っていました。港南台の駅から校舎まで風に吹かれて登校しましたよね、なにしろ建物が少ないから風をさえぎるものがなくて。
>寄りそうと身体も心も温かくなりましたかねぇ〜。なりました。身体はともかく、一緒にいると心が温かくなったように思いますよ。それで救われたこともしばしば・・・・
フ〜〜〜〜ン。遠くの火を見ているだけで暖かくなることもあるようだから、ま、あるかもしれませんね、こういうの。アタシャ、高校は男子校、学部は山岳部だったから、トンと縁がなかったです。高校はいい高校でしたよ。でも、俺の周りにはいなかったなぁ〜、高校でこういう経験しているヤツ。俺が知らないだけだったのかなぁ〜、少なくとも二組にはいなかったと思うんだけど。オレたちマジメだったから。
>毎日一緒に帰りながら、いろいろな話をしているのに、さらに交換日記に並べる言葉の数々はやっばりその時その時の想いがあったんだろうと思います。それはすげぇぜ。
あ、そう、ホ〜。
こちとら、今はメジャーになってしまいましたが、当時は静岡県修善寺で小さくやっていたZ会の通信添削で、男の先生とやりとりしていました。答案に並べる言葉の数々は、その時その時の思いがあったのですが、真っ赤になって還ってきて、順位は下から数えた方が早かったものです。それはヒドイ点でしたぜ。
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港南台高校 同窓会