開校当時のお話 掲示板

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>お茶の水駅から古本屋街に降りていく道の左側に、石橋、下倉、谷口、黒沢でしたか、有名楽器店が揃っていて、学生時代にはもう何度となく通いました。
高校の頃、お茶の水駅を降りて、この界隈を下っていくとき、都会に来た、みたいな昂揚感がありました。大袈裟みたいですが、横浜は当時まだまだ田舎で、有隣堂じゃなくて、書泉グランデで本を買うんだ、という都会志向があって、田舎者が東京に行きたいのと一緒でした。
>当時は今のようなエコとかの意識もなくエコをやっていたんですよね。
エコという言葉がなかったからこそ、自然ななりゆきでエコを考えていたのでしょう。この前の鉛筆が短くなっても使えるようにする器具、あれなんかもその代表だと思いますが、あの頃あれも結構普通にみられました。
> 当時、喫茶店は専らデートの時に使う場所みたいな感じもありました。
ないだろ、そんなことは。(と、アタシャ声を大にして反論しますけん)
けど、港南台の周りには喫茶店なんてなかったと思いますが、他の駅まで行って利用していたのですかね、ヤルじゃないですか。あの頃は珈琲が確か250円でしたか、どうでしょう。なんか高級な飲み物、みたいな感じで、高校時代はめったに飲みませんでした。インスタントばかりで、これは、はっきり言ってマズイ飲み物でした。
昔はインスタントコーヒーのテレビCMは普通に見られましたが、最近少なくなりました。気軽に家やお店で、しかも格安で飲めるようになったからでしょうか。昔は家でコーヒーを淹れるなんていうことは殆んどなく、紅茶が主流だったように思います。
>まあ、カップルでいるといろいろなことがありました。
当然の税金だよね。あ〜、オレも税金払いたかったよ、高校の頃。
> こういう人ほど根は女好きだったりして・・・よくある話です。精神衛生上も、意固地にならない方がいいんじゃないっすか。
ク、クソ、なんか上から目線で言われてるみたい。精神衛生上かぁ〜、確かになぁ、男ばかりの山岳会で、いつ死ぬかわからない冬山を目指しているんだから、女と喋っているヒマはねぇ、みたいな強がりを言って危ない山登りを続けてました。よく死ななかったものです。
> そのギャップが年年歳歳埋まって、そろそろ帳尻が合ってくる年代になったんじゃないですか。田舎おやぢさんの拘りやある意味ひたむきなところには、何故かシンパシィってやつを感じるよぅ。
帳尻、少しも合ってません。こういうのヒタムキっていうんじゃないんだよなぁ〜、仕方ないから、それしなかいから、てぇことでさ、寂しいものがありますです。
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港南台高校 同窓会