開校当時のお話 掲示板

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> ギター専門店はお茶の水駅から古本屋街に降りていく途中に残っていて、まだ活発なようでした。
お茶の水駅から古本屋街に降りていく道の左側に、石橋、下倉、谷口、黒沢でしたか、有名楽器店が揃っていて、学生時代にはもう何度となく通いました。
大学三年の時だったか、遂に石橋楽器で念願だったエレキギターを手に入れた時の嬉しさ・・・・ギターを背負ってどうやって家まで辿りついたか覚えていない位の狂喜乱舞状態でした・・・・ただ若かった。好きなことにひたむきだったんだと思います。
> >当時は当たり前だった商店街・・・・魚は魚屋、青果は八百屋、商品は新聞紙で包んでくれた頃、
> 我々が高校生の頃は、まだ昭和の気分が色濃く残っていました。今、新聞紙で包むなんて非常識と思われちゃうかもしれません。エコなのに。
当時は今のようなエコとかの意識もなくエコをやっていたんですよね。
新聞広告はいつも折り紙に変っていたし、糸巻きや空き箱などは須らく図画工作の材料になっていましたよね。
> >喫茶店があったりして・・・・
> 喫茶店もなくなりました。コーヒーショップに押されたのでしょう。高校生の頃、なんか喫茶店には入り難くて、不良の溜まり場、みたいに見られることもありました。
当時、喫茶店は専らデートの時に使う場所みたいな感じもありました。
そうだよねぇ〜。知らないで入ると確かに不良の溜り場みたいな処もあって、理由もなく他校の生徒に絡まれたりしたこともありましたかねぇ〜。
まあ、絡まれることに関しては、公園にいてもどこにいても似たようなものなんですけれど。
まあ、カップルでいるといろいろなことがありました。
> 杉田駅、一度いってみようかと思っています。餃子ラーメンとか、昔からの移り変わりを見ることになるのでしょうが、高校の頃に通った雰囲気は味わえるでしょう。しぶとく残っている昭和の喫茶店があれば入ってみるつもりです。
この件に関しては、ルポをお待ちしております。
> > 昔は犯罪の影に女あり・・・
> そうそう、女は平和の敵だ!!!、、、ととと、まだヒネクレちゃってるよ。
こういう人ほど根は女好きだったりして・・・よくある話です。精神衛生上も、意固地にならない方がいいんじゃないっすか。
> 活字信仰に近いものを感じていました。レーザープリンターが家庭でも使えるようになると、きれいな印刷が身近なものになり、活字信仰なんて言われなくなりましたが、高校の頃にはコンピューターも珍しく、このへんの意識が全く異なっていたように思います。
今では、年賀状もほとんどワープロですもんねぇ〜。何だかなぁ〜って感じ。
> ナ〜ニが、うふふだ、クソ〜。
> しかし、高校の頃、座右の書が方丈記と徒然草、真剣に仏門に入ることを考えていたオレは、残念な高校生活でした。
そのギャップが年年歳歳埋まって、そろそろ帳尻が合ってくる年代になったんじゃないですか。
田舎おやぢさんの拘りやある意味ひたむきなところには、何故かシンパシィってやつを感じるよぅ。
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