開校当時のお話 掲示板

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> 田舎おやぢさん、こういうかたちでの登場を心待ちにしておりました。
お、心強いお言葉、過去三十数年を遡り、記憶を辿ってみます。
> 当時、私の家にはステレオなどというものはなく、かろうじて持ち運びのできる卓上プレーヤー(もちろん手動式のやつです)があっただけでした。
そう、ステレオは誰もが購入できる値段ではありませんでした。カタログと、雑誌で知識だけ付けていたという状況です。私も欲しくてたまりませんでしたが、大学でアルバイトが自由にできるまでは買えませんでした。
>なので、レコード店では専らジャケットを見て楽しんでいましたが、いざ自分で買おうと思うと一大決心が必要でした。一度に何枚も買えるわけではないので、どれを優先的に自分のものにするか・・・・・買えなかったやつは友人に買わせたりして、お互いに融通しあっていましたっけね。
今から考えると、なんだCDと同じくらいの価格じゃん、と思えますが、当時の全体の物価からすれば、高い買い物でした。その頃横浜渋谷間が八十円程度で行けたのですから。
洋楽のジャケットは美術品で、違う世界への入り口みたいな感じで、高級感もありました。
> 週刊FM、FMファン、FMレコパルなどでしたっけ。今も刊行されているのでしょうか?
好きな曲がかかる番組がないとがっかりしたりして。
お〜、よく覚えてますね。こんなに同じ雑誌が出るくらい需要があったのですから、今からでは想像がつかないでしょう。最近この欄を見るようになってからアンテナを張って、FM横浜を埼玉の田舎で受信していて交通情報なんかを聞くと、保土ヶ谷とか、原宿とか昔懐かしい地名が出て感慨に浸ってしまいます。そう、横浜には、原宿も軽井沢もあるんですよね。
ただ、やっぱりお喋りばかりの放送内容には、昔の曲中心の放送と異なり、レベルが下がったように感じてしまうのは、歳だからでしょうか。
>この辺りの表現、臨場感に溢れていますねぇ〜。好きな曲がかかる時は思わず緊張したものです。当時の様子が目に浮かぶようです。
緊張しましたねえ〜、一回こっきりですから。それと、リーダーテープには録音できないから、少し回転しておかないといけなかったんですよね。あ、この部分、今の若い人には伝わらないでしょうか。
>私は当時クロムテープにも手が出なかったですね。大学の生協のバーゲンセールの時に、スコッチとかの「何本組みいくら」みたいなやつを買い貯めて専ら使っていました。
スコッチ、ありました。忘れていましたね、この名前。老舗なのに。老舗といへば、山水とか、パイオニアとか、ビクターとか、ナカミチとか、懐かしく思い出されます。山水の黒いオーディオアンプ、憧れたなぁ〜。ビクターのCD-4なんていう四チャンネルステレオ、あれは時代が追いついてなく、出るのが早すぎたのでしょう。音質は良かったのに、消えてしまいました。ビデオやブルーレイの競争みたいにソフト面で負けて、必ずしもハードが悪かったわけではないのに無くなっていったようなものでしょうか。
> 当時から考えると、今、自分が当たり前のように携帯電話を使っているのが不思議な気がします。
携帯の出現によって高校生の生活感覚は、昔と今では確実に違うでしょう。気質が異なっているような感じです。まず待ち合わせの仕方がアバウトになりました、昔は、絶対的に決めておかないと会えなくなってしまいますから。
> それにしても今回の話題は、懐かしさとともにつくづく時代の流れを感じさせられました。何かやたらに貧乏くさい話に終始してしまったようで恐縮です。
当時貧乏は普通でした。だれも海外旅行なんて行くことはなく、旅行も安近短が当たり前で、家も小さく、冷房も殆ど無く、食べるものもグルメなんぞという流行はあり得ませんでした。しかし、社会全体が上昇気流に乗っていた感じで、今よりも心は豊かで、将来に希望を抱くことができました。就職浪人が大量に出て、格差が問題になるような現代よりも生活はしやすかったのではないでしょうか。
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港南台高校 同窓会