開校当時のお話 掲示板

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>いかにも、というのは夜のお水系、または風俗系の感じです。おそらくペット感覚でからかわれていたのだと思います。それよりも怖いと思ったのは、オジサンによく声をかけられたことでした・・・・・・
う〜む、羨ましいと言ってよいのかどうか、けど、何にもないよりはいいか。しかし、オジサンはなぁ。そう言えば、昔はよくおミズと言っていましたが、今は風俗ですね。風俗って、昔は学問系の言葉だったのですが。
>今は、牛丼屋にもギャル系の店員がいますし、普通のOLが入ってきて、「え〜と、並盛ネギ抜きつゆだくで・・・・あとおしんこと・・・・豚汁いっとこうか」てな感じで食べてますもんね。できればネギも食べろよ、と睨んでみたりして・・・
ホントに変りました。なんか、こっちが引いてしまいます。バイタリティあるんですよね、彼女ら。アハハ、ネギ喰えか、ウルサイおやぢですよ、それじゃ。
>しかし、駅の立ち食いそば屋は、できれば疲れたオジサンの憩いの場としてとっておきたい感じがしますよねぇ〜。
そぉ〜なんですよ。席がそこしか空いていない場合、隣には座れないので、今ハヤリのスープやだとか、オートバックス、じゃない、スターバックスにでも行って欲しいと思うときあります。しかし、嵐の桜井君が立ち食いそば屋の常連だと知りましたが、今はそういう時代なのですかね。かえって入り難くなったりして、汚いおやぢは。
> 当時、朝の通学時に新杉田駅の下り線ホームで待っていると、確かに上り線のホームには女子高生がウジャウジャいました。
制服がセーラー服で、くすんだ紅色みたいなセーターみたいなやつを着ていて、ちょっと古くて、暗い感じでした。今は違うのかもしれませんが、あまり見栄えはよくありませんでした。ウチの女子の制服の方が上をいっていたと、身贔屓かもしれませんが、当時は(今も)そう思っていました。
>京急のウイング号では車内を警備員が巡回していますもんねぇ〜。
ウイング号、品川で止まっているのを良く見ていました。私は逆方向なので利用したことはありませんが、これも我々が高校の頃では考えられもしないことでした。ま、でも、当時の快速はやたら速くて、今みたいに蒲田とかにも止まらず、同じ様なものだと思います。
あの快速の速さは好きでした。高校時代、今みたいに絶叫マシンみたいな乗り物が無かった分、スピード感に浸れるというのは、バイクに乗っていなかった私にとって京急の快速でした。目を閉じて乗っていると、大袈裟でなく、飛ぶように速い、という感じでした。(ヤッパ大袈裟か)
>当時、東横線の自動券売機の料金ボタンは90円と130円の二種類しかありませんでした。桜木町から渋谷まで130円だったんですねぇ〜。30年以上前のこととは言え、東横線は料金安かったんです。
そうそう、中学の頃は横浜から渋谷まで確か80円だったような。とにかく安かったです。それと社内が明るい感じで、京急のノッソリした赤い色とは対照的でした。
>京急は軌間(ゲージ)が広いので、昼間の快特なんかやたら飛ばしますからねぇ〜。東海道線などもグングン追い抜いていきます。
ホームに人がいても、衝撃波を残して瞬く間に去って行きました。よく、あれで事故がなかったと思うくらいでした。
> あんないい加減にユルユルやっていても何とかなったんですから。
漠然とした将来観しかなく、しかし、それがあの頃の意識として高校生活を成り立たせていたのかもしれません。
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港南台高校 同窓会