開校当時のお話 掲示板

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> ほぼ三十数年振りに西口から東口まで徘徊して参りました。
久々の徘徊、大変お疲れ様でした(笑)。
今の横浜駅は、西口・東口という流れとともに、北口。南口という流れもあって、それこそ駅のレイアウトがすっか変りましたよねぇ〜。
当時は、西口改札はダイヤモンド地下街のすぐ手前にあったように記憶しています。
陸上の試合で三ツ沢競技場に向かう時には、西口改札を抜けた辺りから、気が引き締まっていったように思います。
> 昔はここで4月になると教科書の問題の答が載っている「教科書ガイド」という本のセールをやっていたものです。なんかウシロメタイ気持ちで買ったのを覚えています。
「教科書ガイド」、ありましたね。私は買ったことはありませんでしたが、その響き何となく懐かしいです。
> ダイヤモンド地下街の飲食店は様変わりして、昔知っている店は無くなっていました。ただ、浪人の頃昼飯を食べていたサントリーのスタンドバーみたいな小さな店がまだあるのを見つけ、涙モノでランチを食べました。
ダイヤモンド地下街って、今はザ・ダイヤモンドって言いましたっけ。私自身もずいぶん長いことご無沙汰です。
仕事で横浜に行く時は、いつも時間に追われていてゆっくりブラブラっていうのは、ホントにご無沙汰です。
> ジョイナス栄松堂は位置も大きさも変わっていないようでしたが、本の場所が全く変わっていて、昔の雰囲気は味わえませんでした。
あと数年後には、西口駅ビルもすっかり様変わりする計画がありますよ。ですからやはり今のうちに足を運んでおくことも必要なのかもしれませんね。
みなとみらい線が開通してから、ごみごみした横浜駅周辺の魅力が低下して、みなとみらい地区や元々人気のあった元町中華街に人が流れているんですよね。
> そういへば、あの頃私も詩集てのを買った記憶を思い出しました。リルケ詩集です。ダイタイあの岩波文庫って、当時はパラフィン紙みたいなヘロヘロの薄いカバーがついて、読むなって雰囲気の文庫でしたよね。
私もヘルマン・ヘッセとか買って読みましたが、何か気取っているみたいで書くのを控えていました。リルケが登場したので何か安心しました。
確かに、岩波文庫はアカデミックな香りがプンプンして、そうそうパラフィン紙みたいなヘロヘロの薄いカバーが何気に取っつき難かったですねぇ〜。おっしゃる感覚よく判ります。
当時は、文庫といえば茶色の栞がついた新潮、あとは角川、講談社、文春くらいだったでしょうか。
> 当時の新設なった校舎の中で開始された新設高校としての日々は、私個人にとっては鬱屈した日々の始まりでもありましたが、上昇気流に乗っていたことは確かで、少しばかり羨ましさを感じながら、昔はなかったアクティーとかいう快速電車で東京に向かいました。
アクティーは、確か1時間に一本の割合で運行している東海道線の電車ですね。今はE231形という電車が走っています。
田舎おやぢさんの高校時代のことは、同期にもかかわらず残念ながら私も全く知りませんでした。
この掲示板ではいつもご自身のことを自虐的に語られていますが、その語り口にはいつもユーモアとペーソスに溢れていますよね。何だかんだ言って母校をすごく愛してくれている。だからこうやって、言葉のキャッチポールができるんだと思っていますよ。
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