開校当時のお話 掲示板

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>今週は出張続きで疲れました。交通機関が便利になるにつれて、遠距離の出張もほとんど日帰りとなってしまいますね。リニアなんかいらないっつうの。
便利になったのか、疲れるようになったのか、というところですね。我々の高校の頃は新幹線は東海道だけ、それもなくなったこだまタイプのみでしたっけ。あの頃は高層ビルも霞が関と貿易センタービルの二つだけで、新宿にはまだなかったような。昭和の最盛期を迎えようとしている上り坂の時代で、そんな中の百校計画の一つとして港南台高校は生まれたわけですね。
それから約四十年、『奇跡の居酒屋ノート』で無くなった高校として紹介される栄誉といいますか、寂しさといいますか、いずれにしても、会長や井上さん、なんしょんさんなどのご活躍があって半世紀近くのちにこうやって感慨に浸れるのはいいものです。卒業してから高校時代のことは忘れようとしていましたが、先日の放送や本になった内容をみますと、誇り高い人々が続々育っていることに力強さを覚えます。
> 個人的には、30代、40代の頃と比べ、昔が懐かしかったり、振り返ってみたりする気持ちは強くなっているように思います。そういう意味でも、この同窓会ホームページはありがたいですね。
まったくです。会長ほか皆様、どうもごくろうさまです。これからも宜しく。
> バーズは私たちが2年か3年の頃にはありましたかね。駅前では早くからあったように思います。制服で寄り道した記憶もおぼろげながらあります。その後、ダイエー、高島屋でしたか・・・
え、ダイエーに、しかも高島屋、デパートじゃないですか。今は百貨店不況ですが、港南台に高島屋とは、やっぱりあの時代にはパワーあったんですね。空地の雰囲気しかもっていない私には違和感たっぷりです。薄だらけだった場所にスーパーやデパートが建ったのですから。
>まだまだ、訪れるチャンスはいくらでもありますよ。先日の陸上部のOBOG会の際に、渥美会長が顔を出してくれていろいろな話をしましたが、田舎おやぢさんの話題も出ていましたよ。
ええ、なくならないうちに駅から降りて歩いてみようと思っています。昔は途中に商店街もなく、老夫婦がやっていた古書店が途中にありました。もうないと思いますが、校舎までの思い出というと、それくらいしかありません。普通の一戸建ての狭い古書店です。見憶えありますかね。
(余計なことですが、ブックオフは便利で私も使いますが、それに押されて古き良き時代の古書店がなくなってしまうのは寂しい限りです)
渥美会長の行動力には感心致します。こういう中核があってしかも皆さんのような熱心なグループがいて、無くなった高校としての活動力としては、確かにテレビや書籍で紹介したくなるエネルギーですね。私もその活力を見習って頑張ります。
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港南台高校 同窓会