開校当時のお話 掲示板

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> ○○にふさわしいのは、あの二文字しかありませんね(笑)
歳を取る毎に煩悩は増え、今や百八つどころか千八つくらいです。ふ〜、先が思いやられます。
>そうでした。割引になったんですね。その申請だったようにも思います。たぶん、事前届出も兼ねていたんです。
二週間程度前に出さないとダメだったような気がしました。定期券なんかもそうだったような気がします。上大岡経由でバスで行ったり、保土谷経由、或いは戸塚経由で大船乗り換え、はたまた横浜経由で大回り、なんてことをしていたため、インチキ請求もしていました(もう時効)。
>加瀬先生は、よく腰に手ぬぐいをぶら下げていましたっけ。
はぁ〜、これは知りませんでした。でも、なるほど、という感じで受け取れます。
>女性のソックスもライン入りのやつは違反とかで、履いている生徒をみつけると、その場で「こらっ、今すぐ脱げ」と叱責されていました。
あ〜、覚えています。少し経ってからは折り返させていましたので、先生も情状酌量してきたのですが、当時はそこまでしなくても、という感がありました。しかし言う方も大変でしたでしょう。今の時代はこのような規則は受け入れられなくなってしまいましたが、失われたものも大きいのかもしれません。欧米化、自由主義は光の面は受け入れやすいのですが、なかなか難しいものです。
>「今すぐ脱げ」の対象がソックスにとどまっていてよかったです。
勇気ある態度です。今ならウルサイPTAとか、〜主義とかで問題になったかもしれません。
>授業の前後の「顔あげろ」にも何となく愛情が感じられました。
そうですね、いまならそう感じる余裕というか、郷愁を感じることができますが、当時は面倒な先生だなぁ〜、という感想でした。先生もたいへんでしたでしょう。おまけに化学は化学記号が出現するに及んで大の苦手となり、モルなんぞというヘンナ名前の単位が出てからは数学になってしまい、ますます嫌いになりました。
> そうですね。私も一昨年の九月に最後の港南祭のOBOGブースのお手伝いに行った時、校舎の中をウロウロしてみましたが、かなり老朽化が進んでいて寂しい思いがしました。それだけ歴史を重ねてきたということなんですかね。
老朽化ですか、我々の思い出とは相反する感覚です。ペンキの匂いすら嗅ぐことができたような気がしていますから、なかなか受け入れ難い言葉ですが、仕方ないでしょう。それにしても遠いなぞと言わずに行けばよかった最後の港南祭。悔やんでも悔やみきれません。
>逆に私たちは、できたてピカピカの校舎で過ごせてラッキーだったのかもしれません。
ほんとにそうです。あとはこちらの意志というか、気力の問題でしたのですが、残念なことに勿体ない時間を過ごしてしまったように思います。爆発とまではいかなくても、十代のエネルギーをもっと燃焼させれば良かった。
>陸上部の練習では、あのスロープをダッシュで何度駆け上がったことか・・・・滴り落ちる汗を思い出しました。若かった・・・
なんか目に浮かびます。ヘナチョコの私は練習の横を通って下校していたような。パワーを見習えばよかった。
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港南台高校 同窓会