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Re: 当時の様子第57話

2期 田舎おやぢ
(2010/03/18 17:20:00)

>今回は、ものすごくニッチな思い出で恐縮です。おそらくどなたもほとんど記憶に無いことと思います。

『ニ』を『エ』と読み間違えて、え!!?、と驚いた俺は、ただの○○おやじか??(○の中に適切な文字を入れて読んで下さい)

>厳密なことは覚えていませんが、当時は、夏休み中に県外に旅行に行ったりする場合は、高校への事前届出が義務付けられていたのだったと思います。

そうでしたっけ。国鉄(当時は国有鉄道でした)の学割、確か二割引になったと思いますが、それを申請したことは覚えています。二階だったかな、職員室か事務室みたいなところのおばさんに出しに行きました。それがつまり、事前届出だったのかなぁ。

>私は理数系の先生というだけで緊張してしまいましたが、当の加瀬先生はとてもやさしく、いきなり元素記号を訊かれることもありませんでした。スイヘーリーベーでしたっけ?

いつも白衣着ていた、白髪の加瀬均先生でしたっけ。特徴的な先生でしたよね。生活指導もなされており、我々不出来な生徒は随分ご迷惑をお掛けしていたような気がします。授業の始まりに最初の礼をするとき、決まって、『おい、顔みせろ!!』と、下を向いている人間の顔を上げさせました。
化学の実験はそれは厳しいもので、レポートのやり直しを喰らったことがあります。今考えると、かなりレベルの高い授業だった気がします。大学で心理学の実験レポートを書くときに、いい参考となりましたし、加瀬先生へレポート出すよりは、プレッシャーは格段に少なかったです。またまた、高校の授業では先生のレベルに追い付けなかった自分を勿体なく思います。

>先日、フジテレビで本校のことが放映されたことから、またこんなニッチな話題に辿りついたように思います。

よかったです。サイトで続けて三回見させて頂きました。なんしょんさんも言われていたように、ご登場のみなさん、風采が良くて、テレビ映り、かなり良かったです。誇りに思いました。しかも長い時間の紹介で、無くなった全国の高校の代表扱いでしたね。井上さん、会長、御苦労さまでした。
ただ、放送で見かけた校舎ですが、ちょっとヨソの高校みたいでした。三回も見たのにウロ覚えなのですが、屋根のついた渡り廊下や、付属施設みたいなものがあって、ポツンと箱形の校舎だけがあった当時の様子とは全く違う、普通の高校のようでした(当たり前か)。
三十数年ぶりだから無理もないのですが、記憶違いもあるにしても、なんか逆に寂しい気持ちになったのは、自分の港南台とは違うような印象を持ったからかもしれません。でも、校門から続く、あのスロープ、見た途端に、ああ、あった、あった、こうなっていた、と、凄く懐かしかったです。しかし、後輩諸君の活躍というか、落ち着いたお話ぶりなど、その存在感も滲み出ていて、非常に良かったし、刺激にもなりました(オレも頑張らなきゃ!!)。

またまた最後に、『ニ』を『エ』と読み間違えて、ドキドキしたのは、よっぽど俺がおかしいからか???


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