開校当時のお話 掲示板

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> そのクラブが新設間もない港南台にあったのですからね。キッカケはどういうことだったのでしょう。あの当時、まだまだ認知度は高くなく、珍しいスポーツだったのだと思いますが。
アメフトは当時まだまだ馴染みがなかったですね。私も母校になかったら、おそらく身近に感じることもなく今を迎えていたかもしれません。陣取りゲームなんですけれどね。
あの防具一式は、当時みんな自前で揃えていたんじゃないんですかね。定かではありませんが・・・・
> おっと、また記憶違いかなぁ。でも私服でクラス揃って上野動物園に行ったことだけは確かです。
おそらく私の記憶が無いだけだと思いますよ。何か思い出すきっかけがあればと思います。
> 当時はまだ今ほど盛んではなく、義理チョコなんていうのはきっと製造販売会社の宣伝でひろまったのだと思うのですが、本気チョコが陰で静かに手渡されていたように記憶しています。
中学生の頃からバレンタインデーのあれこれはありました。
カップルにとっては日常のひとコマだったかもしれませんね。改めてチョコレートをくれなくても・・・ってヤツですか。でも、貰えるとやはり嬉しいものです。
何というか、そういう機会を得て改めて人の思いなどにしみじみと感じ入ることが大切なのかも知れません。
> 高校の頃、神保町の書泉グランデの書の泉という漢字にグランデという響きが、都会の高級感を漂わせていて、わざわざ足を延ばして行ったことが度々ありました。
同感でしたが、大学時代に訪れた書泉グランデは、会社側と労働組合側の闘争があり、時には従業員の座り込みとかを目にすると、ちょっと複雑な気持ちにもなりました。
> > 栄松堂のブックカバーの付け方、私も覚えています。そんなに丁寧に、と恐縮しそうになったものです。
> お、覚えていますか。今、この話をできるのは恐らく数人程度ではないかと思います。
そうかもしれませんね。私は当時(今も変わりませんが)本が宝物でしたので、古書店で買った本にも自分なりに工夫してブックカバーを付けたりしていたので、栄松堂さんの付け方も参考にしていました。
貧しかったからなぁ〜。そんなことを思い出すと何となく胸が熱くなる・・・やばい。
> >関内の有隣堂だったような気がします。あの頃、伊勢佐木町も今より元気があったように思います。
> これには驚きました。一昨年、およそ三十数年ぶりに伊勢佐木町と有隣堂本店を訪れたとき、以前の高級感あふれる通りは普通の商店街のようになり、いったいこれが伊勢佐木町なのかと寂しくなりました。
もうかなり前から、伊勢佐木町は廃れていますね。当時のハイソな面影はなくなってしまいましたね。思い出の店も何件も姿を消してしまい、思わず足が遠のいてしまうという悪循環に陥ってしまったように思います。
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港南台高校 同窓会