開校当時のお話 掲示板

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>本校の場合、根岸線を利用して通学されていた方が多かったと思います。
最初はバスで通っていましたが、やっぱり電車使いたかったので二年くらいからかなぁ、電車に変えました。なんか根岸線て当時としては新規な感覚で、高架線を走って、その区間、沿線とも高級感とまではいかなくても、なんかイイ感じでした。
>私たちの時代は、国鉄(当時)の103系という電車が走っていました。
電車の何々系から数学の何々系まで総て弱いのですが、あの箱型に近い、もしかしたら隙間風もあるようなやつですよね。でも、当時としてはスカイブルーというのか、色もよく、根岸線は京浜東北と同じですが、でも心理的には断然違って、埼玉から東京、川崎、横浜とくすんでいる感じの電車が根岸線に入ると駅の雰囲気も違ってきて、光輝くというと大袈裟ですが、生まれ変わりました。それこそ、我々は昨日の闇からやってきた、のです。
>私は、新杉田駅から通学していましたが、洋光台から港南台への軌道はトンネルも多く風景もいろいろで楽しいものでした。
そうそう、トンネルを抜け出ると新しい光が降り注いで、高台の住宅地とまだ沢山残っていた森が車窓を過ぎていきました。高校の帰りに横浜方面に乗るとまだ空いていて、何人かの友達と吊革にぶら下がりながら遊んでいたとき、友人がぶら下がっていた吊革が突然切れて、その慌て様に大笑いになったことが思い出されます。なるほど、ご指摘のように古くからある車両だったんですね。
>若い世代の皆さんには209系電車がお馴染みだと思いますが、その209系電車も先月の24日で遂に引退となりました。現在は233系という最新型式の電車が投入されていますよ。
そうですか、あのそんなに古くないと思っていた車両も引退ですか。今の車両は埼玉在住なのでよく使います。車内に液晶や、外面に行き先等を表示している、あれは今はやりの発光ダイオードですかね、いざ思い出すとなるといつも見ているくせによく思い出せないのですが、未来仕様でなかなかいいやつです。そしてやっぱり根岸線に入るとこれが一段と輝き、高校の頃に利用していれば、うきうきして乗りこんだことでしょう。
>母校が完校し、その翌年には209系電車も引退して、やっぱり目に映るものがなくなってしまうのは淋しい気がしてしまう。
昭和の声も聞かれなくなり、その四十九年の高校入学から三十有余年、ヨワイ五十余歳となり、俺の人生もこれから寂しくなる一方なのかなぁ〜。
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港南台高校 同窓会