開校当時のお話 掲示板

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Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: 当時の様子第49話

1期 fine_wweather
(2009/11/26 13:14:41)

> 今、脳裏にある場面なんですが、生徒会の役員選挙演説のときだったと思うのですが、一期生の候補者の演説前に応援演説の方が、捕捉でサッカー部の行事予定をその場を借りて宣伝しました。

当時は、「なんでもあり」と言う感じでしたね。
なんせ、生徒会の選挙にしてもなんにしても全て自分たちで
作っていった感じで、どうやって良いのかもわからず、とりあえず
やってみようと言う感じでした。
先生方のアドバイスもありましたが、基本は見ているだけ
と言う感じでしてので、先輩がいなかった私たちとしては、
「今までのやりかた」と言うものにとらわれず・・と言うか
とらわれる事すらできずに、ハチャメチャなことをやっていた
ように思います。
それを笑って許してくれていた先生方も、相当度胸があったの
ではないでしょうか。


>最後に事務担当の一期生が他に質問ありませんか、と締めの言葉を発すると

当時、選挙管理委員長をやったりしていたので、私かもしれません。

>  オ〜、グッドタイミング&横紙破り的頼もしさ
> この、先生も居る場での存在感ある一言は、後々の私に多大な影響を与えました。
> 名前は存じ上げませんが、当時の先輩には感謝しております。

型破り・・。
たぶん、既成事実というもののなかった当時の港南台高校
生には決まりきった型すらなかったのではないかと思います。

> オオ〜、同志会的というか、本格派ですね。う〜む、こういう後輩がいたのか・・・

あのころの港南台高校生には、風変わりな連中がたくさん
いたように思います。
先生方も今の時代にはあまり見ない、換わった方がたくさん
おられたように記憶しています。

> う〜ん、やはり、こういうことはつきものですよね。
> だから、逆に社会に出ると、別に命取られる訳じゃなし、なんて甘く見てしまって・・・

失ってしまった友のことを思うと、いい加減に生きてはいけない
と思いながらも、怠惰な日常を送ってしまう今日この頃です。

> 寂しいですね。長谷川恒夫、小西政継、山田昇、植村直己と当時のマスコミを騒がせたエキスパートクライマーは山で亡くなり、我々の先輩も徐々に現役を引退し、国家事業的な遠征登山の時代は終わってしまったのですから。

私の仲間たちの大半も、もう「いい親父」になってしまって挑戦的
なことからは遠ざかってしまいました。
最近では二十台の若い方たちとジムで一緒にがんばっております。
(すぐに追い越されてしまうのですが・・。)

> こういう話はやっぱりアルコールのある場でやるべきでしょうね。皆さん、すみません、マニアックな話ばかりで。

なんしょんさんから「いいですねぇ」と言うお言葉をいただいた
のをいいことに、話題を続けさせていただきました。
過去の思い出を振り返るだけでなく、未来の夢を語り合える
仲間がこういうところからもつながっていけるようになれば
よいと思います。

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