開校当時のお話 掲示板

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> こんにちは。fine_weather 1期生です。
おお、憧れの一期生ですね。なんか独特の雰囲気でしたよね、二期生とは違い、同じ高校とは思えず、別次元のものをお持ちでした。
> ワンゲルは、1期からありましたよ。
> 港南台高校創立時の最初に出来たいくつかのうちの一つです。
そいつはやっぱり凄い。創立時っていうのが凄いですよね。どんな熱い気持ちがあったのでしょうか。
ワンゲル、というと、やっぱりキスリングを背負い、食事はインスタントではなくちゃんと調理して、という具合に、クライミングや冬山にカリマーやさかいやのザックでチョロチョロしていた我々とは体力が違ってましたよね。
> 私たちの在学中は、学校から「丹沢以外の山に行ってはいかん」というお達しがあったので、丹沢しかいけなかったです。
ああ、聞いたことがありました。それで私は入らなかったような気がします。当時は馬鹿なもので、足元を見ずに遠くを見ていましたから。
> OBとしても何度か合宿に参加したり、OB会で毎年冬の八ヶ岳に行ったりしていましたが、自分が行きたい山があまりにも多すぎていつの間にか自然消滅のような状態に・・。
おお、そいつも凄い、毎年冬ですか。
パワーありますね。
>
> そういえば視聴覚室、よく行っていましたよ。
> 顧問のI先生が社会化準備室のようにして使っていたので
> OBとして入り浸っていたっけ・・。
ですよね、視聴覚教室のイメージありました。
> 当時の3期,4期の後輩達は、型破りな連中が多くてパタゴニアのフィッツロイに遠征に行ったやつやら、ナンガパルバットに 行ったやつやら・・。
そいつは凄い、どちらもかなり手強い山じゃないですか。お名前を聞けばわかるか、私では通用しないクラブに入っていたのだろうと思います。鉄の時代を具現化していたのですね。私も同志会の小西さんに憧れてはいたのですが、大学の卒業旅行ならぬ、卒業山行で冬の鹿島槍で遭難起こしたりして、今生きているのが半分ラッキーなくらいです。
>
> OBとして後輩をクライミングに連れて行ったのが先生に
> ばれてこっぴどく叱られた事も・・。
あはは、やりますなぁ〜。
ゲレンデですか、それとも本チャンですか。
わたしも卒業してから、ワンゲルだった友人誘ってザイルトレを教えたりもしました。
>
> 高校時代のワンゲルから大学のワンゲルを経て、社会人山岳会。で、今でもクライミング続けてます。そういう意味では、高校時代が私にとって全ての始まりだったような気がします。
それも凄い。社会人山岳会というと、まだ冬山にも行っているのでしょうか。あの緊張感、たまりませんよね、逃げ出したくなるような、息が詰まるような・・・
> まだまだ、これからです。お互いがんばりましょう!
と思っているのですが、膝と腰を痛めて遠ざかっています。それにブーリン結びは使われなくなるし、エイトカン確保は古くなるし、杖が当たり前になっているし、なんか疎外感ですよね。
ただ、現在友人からクライミングジムに誘われているので、指立て伏せを始めました、けど、若いころの十分の一もできず、たぶん、高いところが怖くなっているような気もして、迷ってます。
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港南台高校 同窓会