件名 |
Re: 当時の様子第82話〜新しい県立高校 |
投稿者 |
2期 なんしょんです。 |
投稿日時 |
2012/07/10 17:52:13 |
情報 |
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記事 |
> 卒業生は勿論なく、在校生は一年生だけ、自分達が入っても一年生と二年生だけの高校、最上級生はいないという高校に入ろうと積極的に思った人はどれだけいたでしょうか。
お久しぶりです。 私は受験の段階で、上記のことや校舎が間借りだったりというようなことを真剣に考えたことはありませんでした。
県の百校計画の初っ端だったということも、入学後かなり経ってから知ったように思います。
今の時代だったら、設備もろくに出来ていないのに開校するというようなこと自体がそもそも通らないかもしれないですね。
> 英語の確か山本先生といったかと思いますが、男の先生が、或る中学校の或る校長が、そういう高校には行かない方が良い、と言っていたと憤慨していたのを覚えています。
英語のミスター山本ですね。授業中によく話が脱線して、自然食について熱く語られていたのを覚えていますよぅ。
> しかし、です。空き地を活用してサッカー大会をやったり、顧問の先生がいないという理由でしぶる学校側を動かして新しい部を立ち上げたり、先輩のアドバイスも無い中、積極的に勉強して推薦で大学に入ったりと、若い青春の力を存分に活用して、新設高校の新しい夢を実現していった同級生や先輩がいました。
そうです!!
『開校の歌』の歌詞にもありますように、「胸中(むね)清新」、「意気溌剌」を地で行っていたと思います。 私は一期生とはけっこう濃かったので、先輩との思い出という点ではひとしおですねぇ〜。
> それらパイオニアワークを、卒業後三十年以上経った合同同窓会で知るに及んで、当時の私の、自分から沈んでいった情けなさが痛感されました。
今からでも爆発させましょう!! 多かれ少なかれ青春時代には、自己嫌悪な思い出がつきものなんじゃあないですか? だから酒呑んだときなんかにいろいろ出てくるんですよねぇ〜
> 今思えば、通常では体験できないことを体験できた、とても楽しい日々だったように思えるのが、実に不思議です。
特に、開校当時の世代はその思いが強いと思います。 だからこの掲示板も実に第82話まできたんですよぅ。
> 母校はその姿を変えてしまいましたが、これから港南台高校二期生として、旧制高校だらうが、進学校だろうが、スポーツ強豪校だろうが、負けずにホコリじゃない、誇りをもって過ごしていきたいと思っています。
こういう思いは、世代を超えて持ち続けたいですねぇ。
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